ADI国際会議2017

 

伝えたい事 2017

 

認知症当事者にとって住みよい社会とは

 

希望と尊厳のある暮らし

 

新しい医療の形

 

認知症とともに歩む人に伝えたいこと

 

 

これから認知症になる人につたえたいこと2016年8月

・約束を忘れたり、物をどこに置いたか忘れてしまうが、人間としての価値が落ちたわけでない

・できなくなることが、おおくなるが、すべてが、できなくなるわけでない。

・同じ境遇の人と、話し合い、自分だけでないと、自覚して ゆうきをもらう。

・体調が悪い時は、できなくなることもあるが、調子が良い時はでできるので

何事も諦めない。・

・他人と比較することなく、自分は尊い存在だと思う。

・認知症になっても、将来を悲観すること人なく、人生を楽しむことを考える

・この試練は、一時的だと考え、永遠に続くと思わない。

. 人生がむなしくなったら、人のために生きることを考える。

・新しことでも、できると信じて行なう。

・自分は無限の可能性が残されていると信じ生きる。

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・やりたい事は、できると信じて行なう。っ

・認知症になっても、不便であるが不幸でない。

・自分の能力を低く見積もらない。

・残れた能力に感謝して生きる・

・できない事に目を向けるのではなく、できる事に目を向けて生きる。

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・何事にも、前向きに生きる

・人には、言えない悩みがある、じっと我慢して生きる。

・不便さは解決できると信じて、解決策を考える。

・何事にも、感謝していきる。

・ユーモアを忘れない。

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・何事にも挑戦する勇気を持つ。

・何事にも初めから出来ないと諦めない

・好きな事を始めて、充実した人生送る

・家の中にとじこもらない。

・適度な運動に心がける。

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 ・認知症でも元気に生活できると信じる。

・積極的に外に出て行く。

 ・将来の心配をしない。

・未来は明るいと信じる。

・認知症になったら、人生は終わりだと思はない。

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・できる事リストを書き出し、自分に自信を持つ。

・できない事は何か、自分で見つめ、できないことだけ、支援してもらう。

・楽しかったことを書き出す。

・自分史を書く。

・新聞を取りに行くとか、役割りを持つ。

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・午前と午後、やったことを記録する。

Ipadの操作覚えて、写真を撮ったり、メモしたり、記憶の補助装置を持つ。

・人の話をよく聞き、こちらの気持ちをよく伝える。

・時間に余裕をもってでかける。

・失敗もよくするが、失敗を書き出し、改善策を考える。

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最近の活動TOPICS

認知症担ても、できることリストを書き出し、充実した生活を送ろう

できることリスト

・日野原先生のメッセージを新老人の会の人に、1週間とどけることができた。

・三鷹にのぞみメモリークリニックに一人で行けたこと

・頭痛も,風邪もひかず毎日おいしく食事がとれること

Ipadyoutubuを起動して、ICレコードで音楽を録音しることができる。

Ipadで写真を撮ることができる。

Ipadでラジオを聴くことができる。

Ipadで音声を録音することができる。

・臨床美術で絵を描くことができる。

・スーパーに買い物に行くことができる。

・郵便局、銀行でATMでお金を振り込むことができる。

・部屋の掃除ができる。

・パソコンでwordを起動して、文章を、作りことができる。

・パソコンでEXCELを起動して、家計簿つけることができる。

・パソコンソウト駅探を起動して、行きたい駅の経路を調べることができる。

・グーグルカレンダーで予定を管理することができる。

・新宿御苑に一人で行くことができ、園内で迷わず楽しむことができる。

・インシュリンを決められた時刻に打つことができる。

・本をよむことができる。

・アマゾンで本などの商品を買うことができる。

・電車、地下鉄、バスに一人で乗ることができる。

・お金の管理ができる。

・一人で入浴することができる。

・一人で洗濯をすることができる。

・一人で外食ができる。

・一人で買い物ができる。

・一人で映画を見ることができる。

・一人で図書館に行くことができる。

・一人で、教会に行くことができる。

・メールができる。

FACEBOOKに文章や写真を投稿することができる。

・認知症になった体験を話すことができる。

・困りごとの対策を考えることができる。

・認知症の仲間を勇気づけることができる。

・ホームページを更新することができる。

 

 

 

2016622日思うこと

   嬉しいこと   明治神宮御苑に美しい花菖蒲をみにいくことができたこと

                        新宿御苑に紫陽花を見に行くことができたこと。

辛いこと

   パソコンに向かって、文字を入力すること。

 何もする気力が起きないこと

  いろいろなところうに、外出したいが、バスで最寄駅に出るまでに疲れてしまい、思うように外出出来ない。

   2000歩、歩くだけで疲れてしまい、散歩もおもうようにできないこと

 

伝えたいこと

  認知症になっても、残された機能がたくさんあり、豊かに人生をおくりことができこと

 自分の能力を低く見ないこと

自分で自分のことを好きになること

認知症になっても、素晴らしい人生がまっていると信じること

困難なことがあっっても、この試練は現在だけて、永遠に続かないと信じること

平凡な日常に感謝すること。

認知症になって、いろいろな不便になったが、いろいろな人に多スレr、幸せであること

自己肯定感をもっていきること

困難なことがあったら、見方、視点を変えて生きること、そうすれば別な生き方が見えてくる。

人生には、うまくいかないこと、試練に会うことは当たり前だと思うこと

試練にあったら、成長する、チャンスだと思い、私だけ何故、こんな試練に合うのかと不満を持たない

できないことに目を向けるのではなく、できることに目をむけていきる。

 

 

失った機能機能を嘆くのではなく、残された機能に感謝していきる。

5月できることリスト

DVDプレーヤーの操作をおぼえることができた。

パソコン通販でDVDプレアーを買うことができた。

足利フラワーパークに大藤を見に行くことができた。。

京成バラ園にバラを見に行くことができた。

何冊かの本を読むことができた。

不平不満でなく、感謝をもって毎日送りことができる。

臨床美術で絵を描くことができる。

毎日定時に血糖値をはかることができる。

 

体調が悪いのにタクシー、地下鉄、JRを乗り継いて、三鷹のクリニックまで2時間かけて一人でいくことができた。

認知症とともに生きる私からのメッセージ

本人へ

自分が認知症でないかと不安を感じている人。

診断を受けてこの先どうしたらいいか光が見えない人。

不便や不自由が増えてストレスでいっぱいの人。

をつかいましょう他人の手を借りて日々を送っている人。

今、たくさんの本人がこの時を過ごしています

一日一日、そしてこれからの自分の人生を、ともに有意義に生きていこうではありませんか。

失った機能を悩んだり、嘆いたりするのではなく、残された自分の能力をしんじましょ。

認知症になっても、楽しみや張り合いのある暮らしを送ることができます。

絶望することなく、希望を持ちましょう。

できないことが多くなっても、自分は自分です。認知症になったからこそ、他人を気にせず、他人と比較することなく、自分の好きなことに、時間を使いましょう。

一人で頑張らず、同じ病気持ちながら暮らしている、仲間とつながりましょう。

そして,勇気をもって、自分が感じていること、思っていることを、まわりの人に伝えていきましょう。

本人が発言していくことで、認知症に対する誤解や偏見をなくし、世の中を変えることができるはずです。

認知症になっても、人生をあきらめないで。

私もあきらめません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年4月できることリスト

4月

・2回乗り換えて渋谷駅に行くことができた。

・九段下まで3回乗り換えて、千鳥ヶ淵まで桜をみにいくことができた。

・2回乗り換え出新宿3丁目まで行くことができた。

・2回乗り換えて、あざみ野駅までいくことができた。

・音楽データをパソコンからIPADに移すことができた。

・2回乗り換えて、新御茶ノ水駅まで、いくことができた。

・パソコン通販で、掃除機をかうことができた。

 

・2回乗り換えて、船橋駅までいくことができた。

 

認知症の本人からの提案 2016年2月 

 

どこで暮らしていても、尊厳と希望をもってよりよく暮らしていけるために  

 

       日本認知症ワーキンググループ(JDWG)

 

 

 

1. 本人同士が集まり、支え合いながら前向きに生きていくための拠点となる場を、 すべての市区町村で一緒に作っていきましょう。何かを提供される受け身ではなく、 わたしたちが主体的に活動できる場であることが大切です。

 

  医療や支援を受けていたとしても、仲間と出会え、気兼ねなく語り合える場、支え合いな がら自由に活動できる場がないために、一人で悩み孤独に陥って状態を悪くし、必要以上 の医療や介護サービスを受けざるを得ない人がたくさんいます。 

 

私たちは、認知症という周囲には理解してもらいにくい状態の中で生きている仲間に 早く出会い、体験や知恵を分かち合いながら、希望をもって生きていきたいです。 

 

私たちには、自信を取り戻す場が必要です。自信を取り戻すことで、「自分」を取り戻し、 自分なりの人生をよりよく生きていくことができるようになります。 

 

一日も早く、すべての市区町村で、私たちが集まり主体的に活動していくための拠点とな る場が必要です。すでにそうした場があるなら、その活動が継続できるバックアップをし て下さい。 

 

そうした場に早くつながれば、支援を受ける立場としてではなく、主体的に活動すること ができる人が増えていきます。場をつくるだけでなく、本人が診断後速やかに、それらの 場につながることができる流れ(しくみ)を、市区町村として整えて下さい。 

 

 

 

2.私たちが外出することを過剰に危険視して監視や制止をしないで下さい。 「安心して外出を楽しみ、無事に帰ってこられること」「地域の中で自分のやりたい ことを続けること」を、すべての人があたりまえの行為として考え、ごく自然な見 守りや支えができる地域社会を、一緒に作っていきましょう。 

 

私たち一人ひとりは、自分なりの理由や目的があって外に出かけます。見守りや声かけなどちょっとした支えがあることで、外出を楽しみ、地域とつながり、充実した生活を送れ ている人も増えてきています。働き続けている人もいます。 

 

「認知症だと外出は危険」という一律の考え方や、過剰な監視や制止は、私たちが生きる 力や意欲を著しく蝕みます。それらはまた、認知症の人への社会全体の偏見を強め、これ から老いを生きていく多くの人たちが、尊厳と希望をもって生きていけなくなります。 

 

「安心して外出を楽しみ、無事に帰ってこられること」「自分のやりたいことを続けること」 を、暮らしの中の「あたりまえ」と考える人たちを一緒に増やしていきましょう。 

 

どんな見守りや支えがあったらいいか、その町や地域で暮らす本人や家族の具体的な声を よく聴いて下さい。それらをもとに、一人ひとりにあった見守りや必要な支えについて、 一緒に話し合っていきましょう。 

 

私たちも、外出時は自ら「ヘルプカード」を持参するなど、自分なりにできることに 取り組んでいきます。どこに住んでいても安心・安全に外出できる地域となるための具体 的な取り組みを、本人と家族、そして地域の様々な人たちが力を合わせて進めていきまし ょう。  

 

 

 

3.本人自身が安心・納得できる診断と治療が受けられ、診断直後に「今後の自分の暮 らし」について親身になって相談にのってくれる人に私たちは出会いたいです。 初期の段階で本人がその後をよりよく生きていくために必要な医療や相談に確実に つながる流れ(仕組み)を、すべての市区町村で一緒に作っていきましょう。

 

 

 

早期診断・治療が推進されるようになりましたが、暮らしている身近な地域で、本人が  安心して受診ができ、わかりやすい(やさしい)説明を受けながら納得して治療を受けられるようにはまだまだなっていません。 

 

専門医療機関はもちろん、地域にあるすべての医療機関が、本人や家族にわかりやすく( さしく)適切な対応をできるようになるような取組みを拡充してください。 

 

医療機関を受診し診断を受けたものの、その後をどのように暮らしていっていいのか、 自分のその後の暮らし方について具体的に相談できる人につないでもらえなかった人がほ とんどです。 

 

そのため、まだまだ力のある初期の時期に、絶望してひきこもったり、よりよく暮らして いくための諸制度やその地域にある支援を知らないまま、生活や心身の具合が一気に悪く なってしまった体験をしている人がたくさんいます。 

 

私たちには、診断・治療も必要ですが、それと同時に親身になって話を聴いてくれ、 話し合いながら一人ひとりにあった制度や支援をつないでくれる存在が不可欠です。 

 

特に初期の頃に、どのような医療や相談があったらいいのか、本人たちの声をよく聴いて 下さい。本人たちが希望を失わず、その後をよりよく暮らしていけるために必要な医療や 相談に確実につながれるよう、それぞれの市区町村なりの流れ(しくみ)を、丁寧に作って下さい。 

 

4.「制度やサービスがない」でおしまいにしたり、たらいまわしにせず、どうしたらよ りよく暮らせるかを、まずは一緒に考えて下さい。 私たちをひとくくりにせず、一人ひとりの思いと力を活かしながら、よりよく暮ら していくためにお互いができることを見つけ、一緒に進んでいきましょう。   

 

「なんでもお気軽に相談を」とうたっている行政や地域包括支援センター等の相談窓口が 増えてきています。それをようやく探しあて相談に行ったとき、「利用できる制度やサー ビスはない」、「別のところに相談にいって」と言われてしまった人が多くいます(特に初 期や年齢が若い場合)。 

 

あるいは、介護保険サービスの一覧をいきなり渡されて、まだ必要もない介護サービスの 紹介だけをされておしまいとされた人も多くいます。 

 

そうした対応をされることで、私たちや家族は更に戸惑い、途方に暮れてしまいます。前 向きに暮らしていけなくなると同時に、今日明日の暮らしに実際に困り果ててしまいます。 

 

認知症があっても、一人ひとりが違います。認知症の本人をひとくくりにしないで下さい。 一人ひとりの困りごと、そして、できること、やりたいこと、望むことが同じではないことを、市区町村の相談にあたる人や支援の関係者、地域の人に、しっかりと浸透を図って 下さい。 

 

私たちが相談にいくのは、藁をもすがる思いです。「どうしたら私や家族が、自分たちの 力を大切に活かしながら、少しでもよりよく暮らせるか」をどうか一人ひとりと一緒に考 え、一緒に動いて下さい。  

 

最近、認知症ケアパスや認知症カフェ等を作る過程で、本人が委員として参加し、本人が 意見をのべ、それを具体的に制度やしくみに反映させる自治体が出始め、わたしたちにと って大きな希望です。 

 

すべての自治体で、出来上がってからではなく、作りだす過程でこそ、本人の声や力を活 かして下さい。認知症と共に生きているわたしたちの声や力を活かして、当事者に実際に 役に立つ効果的な施策や取組みを、一緒に作っていきましょう。

 

 

 

5.すべての自治体の認知症の施策や取組みを企画する過程で、私たちの声や力を活か して下さい。私たちと一緒に進めていきましょう。

 

最近、認知症ケアパスや認知症カフェ等を作る過程で、本人が委員として参加し、本人が 意見をのべ、それを具体的に制度やしくみに反映させる自治体が出始め、わたしたちにと って大きな希望です。 

 

すべての自治体で、出来上がってからではなく、作りだす過程でこそ、本人の声や力を活 かして下さい。認知症と共に生きているわたしたちの声や力を活かして、当事者に実際に 役に立つ効果的な施策や取組みを、一緒に作っていきましょう。

 

できることりすととうれしかったこと

 

2月

 

・臨床美術でりんごをうまく、描くことができた

 

・バスで東川口駅まで行くことができる。

 

・長い文章を読んで、理解することができる。

 

・高額医療費削減の書類 国民保健限度額適用・標準負担額軽減認定書を市役所にもらいにいくことができた。

 

・タクシーを利用して、10000円で支払い7650のお釣りをもらうのが、運転手が1000円少なく渡したので、1000円すくないと指摘することができた。

 

・近所に一人で、散歩に行くことができる。

 

・取材で自分の言いたいことが、伝えられる。

 

・定時に血糖値を測定することができる。

 

・講演先に薬を持っていくのを忘れたが、家では、薬をきちんとのむことができる

 

・京都の講演先まで、インシュリンを忘れず持っていき、定時にうつことができた。

 

・100円ショップでネームカードを買うことができた。

 

・背広を新しく作ることができた。

 

・京都のシルクホールで400人の聴衆を前に、水谷さんと1時間対談ができた。

 

・日野原先生のメッセージを新老人の会の人に、1週間とどけることができたこと。

 

・三鷹にのぞみメモリークリニック一人で行けたこと

 

・1月30日に北海道新聞に私のことが大きく報道されたこと

 

・頭痛も,風邪もひかず毎日おいしく食事がとれること

 

・片道2時間4回も乗り換えて,稲城駅まで一人でいくことできた。

 

Ipadyoutubuを起動して、ICレコードで音楽を録音しることができる。

 

Ipadで写真を撮ることができる。

 

Ipadでラジオを聴くことができる。

 

Ipadで音声を録音することができる。

 

・臨床美術で絵を描くことができる。

 

・スーパーに買い物に行くことができる。

 

・郵便局、銀行でATMでお金を振り込むことができる。

 

・部屋の掃除ができる。

 

・パソコンでwordを起動して、文章を、作りことができる。

 

・パソコンでEXCELを起動して、家計簿つけることができる。

 

・パソコンソウト駅探を起動して、行きたい駅の経路を調べることができる。

 

・グーグルカレンダーで予定を管理することができる。

 

・新宿御苑に一人で行くことができ、園内で迷わず楽しむことができる。

 

・インシュリンを決められた時刻に打つことができる。

 

・本をよむことができる。

 

・アマゾンで本などの商品を買うことができる。

 

・電車、地下鉄、バスに一人で乗ることができる。

 

・お金の管理ができる。

 

・一人で入浴することができる。

 

・一人で洗濯をすることができる。

 

・一人で外食ができる。

 

・一人で買い物ができる。

 

・一人で映画を見ることができる。

 

・一人で図書館に行くことができる。

 

・一人で、教会に行くことができる。

 

・メールができる。

 

FACEBOOKに文章や写真を投稿することができる。

 

・認知症になった体験を話すことができる。

 

・困りごとの対策を考えることができる。

 

・認知症の仲間を勇気づけることができる。

 

・ホームページを更新することができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・一人で洗濯をすることができる。

 

・一人で外食ができる。

 

 

 

  

 

 

 人がいきいきと生きていくためには何が必要だと思いますか

 

・人が生き生き生きてゆくためには、衣食住がたりているだけでは十分ではありません。

 

・生活する張り合いが必要です。

 

・他の人から、自分はかけがいのない、尊い存在であるという、扱いをうけること。

 

・社会の一員として、何かの役割をもちたい。

 

・社会の一員と認められたく、仕事がしたい。

 

・認知症になっても、仕事を持って働きたい。

 

・働いたからには、少しでもいいから賃金をもらい、自分にもできることがまだあると自信をもちたい。

 

・賃金はもらえなくとも、駅,公園の清掃のボランティアなど、人の役ににたてることを通してして人は自分の存在理由を確かめたい。

 

・認知症になっても、できることをして、存在理由を確かめながら生きていきたい気持ちは、普通の人より人一倍強いです。

 

・これからは、重度の人の介護だけでなく、軽度の認知症の人がいかに楽しく生活できるか、どのように生活支援をしていくかが、今後の課題であると思います。

 

 ・アートセラピーで絵も描きたい。

 

 ・沖縄旅行もしたい。

 

 ・演劇やコンサートにも行きたい。

 

・スポーツが好きな人は、家の外に出てスポーツもしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10 生きることの意味について、どう考えていますか

 

 私は配送途中で地図を見て、配送先商品を届け先から、車に戻る道がわからなくなりました。そして電話番号が短期記憶できなくなり固定電話からの電話がスムーズにできなくなりましした。そこで神科医を受診して、認知症と診断されました。

 

 認知症と診断されてから、記憶に障害が起きることがわっかていましので、毎日の自分の行動をノートに記録をとるようになりました。マイナスの記録ばかり記録するようにない、不安が不安をよび体調くずしました。

 

自分で自分がコントロールできなくなりました。

 

 このような試練をくぐったのち、神様にすべてを委ねることができるようになりました。しばらくたったのち、この試練で自分の人格が成長していることに気がつきました。人生の意味とは試練に会い、人格を磨くために生かされているということだと学びました。

 

私たちは、神様に生かされているので、自分勝手に生きているのではなく、神様を礼拝するように作られている。神様にそむいて、自分勝手に生きることは罪である。

 

 

 

・日頃、「生きている」と実感するとき

 

 

 

 美しい庭園をみたり、興味のある本をよんだり、おいしいものをたべたりするときにも感じます。

 

 温泉にいったり、旅行などしなくても、日々小さな身の回りのことに興味をもつことで生きていると感じます。

 

 私は、荒川土手の、春は菜の花、秋はコスモスがさいているのを見るのが好きです、美しい花を見ていると、「生きている」と実感します。

 

 小さな目標を立てて、それをやりとげたきの充実感、満足感を感じたとき。

 

 旧約聖書1500ページを1カ月で読み終えたとき、充実感満足感を得て生きていると感じました。

 

 私の今年の目標は、毎日聖書を20ページ読み、1日7000歩、歩くことです。

 

 

 

・楽しみ

 

 

 

 旅行、演劇鑑賞、外食、美しい花を見ること、具体的には、新宿御苑や深大寺植物園を訪問して、バラをみること。春は新宿御苑の桜見物。絵画を鑑賞したり、描いたりすること。

 

 

 

・大切にしていること

 

 

 

   人間の価値はこれができる、あれができると言う有用性で決まるのでなく、神様が作られた作品であるので、なんにもできなくとも、尊い存在だと自覚すること。

 

 いつも、否定的に考えるのではなく、常に前向きに考え行動すること。

 

   失った能力を嘆いたり数えるのではなく、常に残された機能に目を向け感謝して生きること。

 

  神様はいつも最善のことをして下さると、確信して、イエス・キリストの名によって、祈り求めること。

 

  美し物を見て、美しいと感じるこころ、いつも何事にも、興味を失わないこと。

 

 

 

・次の聖書のことば、を頼りに 試練をのりこえてきました。

 

 

 

  あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

 

           新約聖書  コリント人への手紙 第一 10章13節

 

 

 

 

 

 

 

11 地域や社会はどう変わるべきだと思いますか

 

 認知症の人が生き生き豊かに暮らすには、介護の通所介護施設やグループホームや医療の通所リハビリ施設や病院などに閉じ込めるのではなく、地域に出て行き、買い物をしたり、外食をしたり、喫茶店でコーヒーを飲みながらおしゃべりをして、認知症になる前と変わらない暮らしができるのが望ましい。

 

そのためには、まず、認知症という病気を正しく理解してもらい、認知症になっても暮らしやすいやさしい社会であることが重要になります。例えばレジでお金を払うに時間がかかってもせかせるのでなく思いやりを持ちゆっくり待っていただきたい。

 

そのためには駅、スーパーの支払窓口に高齢者、障害者、認知症本人の優先窓口を設けてもらいたい。

 

スーパーでは立ち止まり何かを探しているようなときは、何かお困りですかと声をかけてもらいたい。

 

認知症の人の中には、自分の感情をコントロールする能力が低下して、不当な扱いを受けると(いやな言葉と感じる時)我慢することなく大声を出したり、つついたりすり人もなかにはいるが、全ての認知症の人とが、そうするはけではない。

 

私は、今は感情をコントロールでき、普通の人と同じようにふるまうことができます。

 

認知症の人は、何か言われても反応をするまで時間がかかってしまい、『言っても通じない』と誤解されやすいが、時間をかければ十分言葉を理解する能力を持っているので、早口でまくしたてるのではなく、ゆっくり、時間をかけて伝える必要がある。

 

また、言葉でうまく表現できないこともあるので、何が言いたいのか、何を話したいのかと相手の気持ちを考えながら耳を傾けてほしい。

 

認知症の人を特別な人とみるのではなく、物事を理解するのに時間かかる人だと認識する知識をもってもらいコミュニティの一員として受け入れられることが大切であります。

 

 

 

どういう社会になってほしいか

 

 

 

1)常識で考えるとおかしなことに見えても、失敗しても、笑ってすましてもらえるような、すぐ苦情を言わない、成熟した余裕のある社会。

 

)道で迷っていたり、スーパーでウロウロと商品を探している時、「何かお困りですか」と声をかけてくれるやさしい、社会。

 

)スーパーや駅の窓口で、支払に時間がかかっても、待ってくれる優しい社会。現実はせかされるので、複数支払の窓口があるところでは、高齢者、障害者、認知症本人の優先窓口を設けてもらいたい。そうすれば認知症本人も優先窓口だと言うことで、心に余裕ができ、せかされるともなく、支払うことができる。

 

)障害者、高齢者、認知症本人を、社会のお荷物と考えるのではなく、コミュニティの一員として認める社会。そのためには、認知症の人を劣る、価値のない存在と考えない。

 

)認知症の人のできることを見つけ、駅や公園の掃除など、認知症の人に役割与えてくれる社会。

 

)人間の価値を、あれができる、これができる、という人の有用性だけで、考えるのではなく、多様な価値観を認め、すべてのひとが等しい尊い存在であると認める社会。

 

)行う作業に時間がかかっても、その作業をする自由がある社会(作業に時間がかかると言うり理由だけで、その作業から排除しない社会)

 

8)障害年金をもらっている人を、家に閉じ込めるのではなく、外に出て活動する自由のある社会。(現実には、外に出歩いていると、障害年金をもらって、外に出てあそんでいる、本当は病気ではないのではないか言う、偏見がある)

 

)認知症の人を何も考えられない人ではなく、言葉を理解するのに時間がかるる人、今までのように、問題行動だけを取り上げるのではなく、適切な介護をすれば、一部の例外を除いて、認知症の人が笑らって暮らせると信じている。

 

 

 

 

 

12 いま、大切にしていること。

 

友達、支援者を大切に想い感謝していること。

 

いつまでも、新しいことに挑戦する、こころを失はないこと。

 

なにごとにも、興味を持つこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年1月30日土曜日 北海道新聞

 

認知症当事者として発言を続ける 佐藤雅彦さん

 

 

 

社会と自分の中にある「二重の偏見」が生きる力を奪う。

 

 

 

認知症になっても希望と尊厳こもって生きる。そんな思いを胸に、当事者が声を上げている。埼玉県在住の佐藤雅彦さん

 

(61)若年性認知症と診断され10年間、消えてゆく記憶をIT機器を駆使して記録し、同じ立場の仲間とネットワークを

 

築きながら当事者の思いを地域、そして国へ訴えてきた。「認知症になればなにもできなくなる」という偏見をなくすために。

 

報道センター編集委員 チョン氏

 

 

 

できることがある。そこに目を向け,諦めず前むきに

 

 

 

昨年末自身のホームページ(HP)を立ち上げるなど、IT機器の活用に積極てきですね。

 

 「システムエンジニだったので以前からパソコンを使用していましたが、タブレット端末などは認知症になってから。最初のころ、物忘れ対策でノートに毎日の行動に記録しようとしました。でも簡単な漢字さえ思い浮かばず、手書きがむつかしかった。それで、パソコンに、日記や予定を書くようになりました。画面に日付けが自動的に表示され、約束場所もすぐの確認できます。私にとってIT機器は外付けの記憶装置記憶障害、を補うためなくてはならないものです

 

IT機器の操作はすべて自分で行うのですか。

 

最初の設定はすべて弟にたのみました。操作の方法も教えてもらいました。慣れたら情報入力は自分で

 

できるようになりました。タブレット端末は指先一本で操作できるので簡単です。もし、IT機器に不慣れなまま認知症になったとしても、支えてくれる人さえいれば、使えるようになると思えます。

 

 異変を感じてすぐに認知症と診断されましたか。

 

 議事録が書けなくなるなど、かなりまえから異変はありました。病院の診断は「異常なし」でしたが体調がすぐれず、2000年から2年間休職。復帰後は商品の配送を任されましたが、配送先で道に迷うなど仕事の能率はさらに悪くなり、2005年10月にとアルツハイマー型認知症と診断されたのです。予想外で思考停止に陥りました。認知症の本をよみあさりましたが、「6年から10年で全介護状態」「自分が自でがなくなる」負の情報ばかり知識が増えるのにつれて、絶望感が大きくなり、2006年2月の会社を退職。

 

 その後の状態は

 

私は独身で、川口のマンションに一人暮らしでした。1時岐阜の兄の家で静養しましたが、「これではいけないと」思いました。施設に入れば、外出に付き添いが必要になるし自由がなくなるので、06年夏、川口に戻って、一人暮らしを始めました。認知症にともなう生活上の困りごとに日々、直面しましたが、不自由の感じた体験を一つずつ書き出し、自分でできる工夫を考えました。

 

例えば、買い物の際余分のものを買ってしますので、あらかじめ「買い物リスト」と「買ってはいけないものリスト」作って出かけました。こうした工夫は、私のホームページで「困りごととその対策」として紹介しています。同じ認知症の人に役立ててほしいのです。

 

 

 

佐藤さんのように、情報発信をする認知症当事者が少しずつ増えた印象があります。

 

当事者のニーズは当事者が誰よりもわかるし、当事者が発信しないと社会はかわりません。私は認知症当事者会の交流会に参加したくさんの仲間を得ました。苦しいのは自分だけでないと励まされます。14年には認知症当事者と作る組織「日本認知症ワーキングループ」を発足させました。全国から当事者の声を集め、内容を反映させた政策提言を国や自治体に行うことが活動目的です。こんな当事者の動きは10年前には考えられないことです。

 

大きな進展ですね。

 

まだまだです。認知症当事者の集まりは、今も集まりがわるい。本人が行きたいと思って家族が「認知症のことは、近所にも兄弟にも話していないし、あえて言うは必要がない」と反対するケースが依然とした多いです。

 

家族がそういうのはどうしてでしょう。

 

認知症なんだから責任のある行動がとれない、一人で外出したらどうなるんだ、という思い

 

あるのでしょう。私も講演で活動を紹介すると、「あなた本当は認知症ではないのでは」と言われることがあります。とくに介護に追われる家族の方。「私は認知症をよく知っている。だから、自分の意見が言えたり、ましてパソコンが使えたりなんてありえない」と言われる。これは偏見です

 

そういわれるとどう感じますか。

 

傷つきますし、偏見をなくすのは本当に難しいと思わせられます。認知症になって、私は二重の偏見があることに気が付きました。一つは社会にもう一つは自分の中にあります。「認知症になると何もできなくなる」という社会の偏見は当事者も信じ込ませてしまいます。実際私も、もう駄目だと思い会社をやめました。この二重の偏見は当事者の生きる力を奪ってしまうのです。

 

そんな社会や家族、そして当事者に訴えたいことは。

 

認知症になって確かにできなくなることはあります。しかし、できることも

 

残されています。本人も周囲の人もそこに目を向けてほしい。周囲には、認知症当事者が前向きに生きていけるような、サポートを期待したい。家族ならば毎朝、新聞を郵便ポストにとりに行くなど、簡単のことでいいので本人役割を持たせ、生き生きと生活してもらうこと。それが家族介護の負担を軽減する近道になると思います。仕事を簡単な内容に切り替えれば、認知症になっても働き続けることができることを、企業も理解。

 

してほしい

 

 今後の活動予定は

 

今月、認知症とともに歩む本人の会を発足させました。地域でどんな社会参加できるのかを考えていく場にしていくつもりです。認知症になったひとには、「勇気をもって、自分の感じていることをまわりの人に伝えていきましょう」と訴えています。認知症になっても人生をあきらめないでほしい、私も諦めません。

 

 

 

困りごととその対策

 

・外出時に携帯電話、財布、障害者手帳をよく忘れる

 

  対策 おでかけグッズを1か所のまとめておく。

 

・短時間に買い物ができない

 

  考え方 効率的に買い物をしようとする考えを捨てる。

 

      時間をかけて楽しむ

 

・予定意を入れすぎて疲れる

 

  対策 1日1件しか予定をいれない。

 

・電車で移動時に常に駅をきにしていないと、乗り越してしますので疲れる

 

  対策 目的地の到着時刻を調べ、携帯電話のアラームを設定する。

 

・ゴミ出しの日がわからない。

 

 対策 ゴミ出しの日に携帯電話のアラームを設定する。

 

・電話した相手から折り返し電話が来て用件わからない。

 

  対策 重要な案件はメールでやり取りする

 

・テレビのリモコンをなくす

 

   考え方 探すのをやめ、出てくるまで待つ。

 

・今日が何曜日かわからず,休館日の図書館に行く。

 

   考え方 散歩だと割り切る。

 

・眠れない日が続く

 

  考え方 無理に寝ようとせず、好きなことをしてすごす。

 

 

鎌田實の小さな一歩、大きな幸せ

 

認知症になっても、不幸でない。

 

                                                                               

 

65歳以上の認知症の推計数は、平成24年の時点で約462万人、予備軍は400万人(厚生労働省の資料)。37年には、予備軍を合わせると、1000万人を超えるとの説もある。

 

 もし自分や家族が認知症になったら、と不安に思うことも多いでしょう。しかし、認知症になることを、過度に恐れる必要はありません。それを教えてくれたのは、佐藤雅彦さんです。彼は51歳の時、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。一人暮らしで、糖尿病を患う彼は日常生活でさまざまな工夫をしています。

 

 例えば、今日が何日かわからない、インシュリンを打ち忘れる、電車の降りる駅を忘れる・・・といったことを防ぐために、パソコンや携帯電話のスケジュール機能を活用。道に迷ったときのために、住所と「私はアルツハイマー型認知症です」と書いた紙を常に所持しています。

 

 どれも役立つ知恵ですが僕が彼から、もっとも学んだのは、認知症であることをオープンにする大切さ。勇気のいることですが、それによって周囲からサポートが受けやすきなり、彼は自由に外出。できるようになりました。

 

 失敗を恐れて、ひきこもってしますと、残された機能、も衰えてしまいます。しかし、認知症になっても積極的に支援を利用しながら社会に参加し、残された機能を発揮することができれば、進行を遅らせることが可能です。

 

 認知症は早期発見により、今の生活をより長くつづけることができます。初期の症状で多い物忘れのほか、

 

無気力になった、同じ行動をくりかえす、なども認知のサインである場合があります。あれっ?おもうことがあれば、早めに認知症の専門医に相談してください。

 

 「認知症になって生活が少し不便になったけれど、不幸ではありません、僕は幸せです」

 

 診断から10年。今に元気に暮らす佐藤の言葉は、長寿時代を生きる僕たちに大きな勇気を与えてくれます。

 

鎌田實

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「認知症とともに歩む本人の会」

ご紹介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川口市、蕨市、戸田市とその周辺で暮らす認知症の人が主役・主体となる
「認知症とともに歩む本人の会」がスタートしました。

 

 

 

 

 

「認知症とともに歩む本人の会」の“はじめの一歩”に際して

 

 

 

○私たちは、認知症の人どうしが集い、日々の暮らしの心配ごとや、これからの暮らしについて話しあえる、身近な機会と場をつくることが大切なことだと考えています。

○そして、私たちがこれから行っていきたいことへの手助けをしてくれる様々な立場の地元の人たちとのつながりも同じぐらい大切だと考えています。

○この会で話しあわれたこと、話しあいから生まれたことを、地域の多くの方に役立てていただけるよう、様々な立場の方々に伝えていきたいと考えています。

 

 

 

今後にむけて

 

認知症の本人が集まりやすく、話しあいやすい「会」にしていくことを大切にしていくために、また、認知症の本人、家族、手助けをする人達が、気軽に楽しい時間をともに過ごし、活動をともにするためにも、自由度の高い活動と運営を心がけていきたいと思っています。様々な立場の多くの方々に、この会の主旨、活動についてご理解いただき、今後にむけたアドバイス、ご提案をいただければ幸いです。

 

 

 

 

 

平成28115

 

「認知症とともに歩む本人の会」一同

 

 

 

代表挨拶     佐藤雅彦

 

認知症本人のみなさんへ
自分が認知症ではないかと不安を感じている人。
診断を受けてこの先どうしたらよいか光が見えない人。
不便や不自由が増えてストレスいっぱいの人。
他人の手を借りて日々を送っている人。
いま、たくさんの認知症当事者がこのとき過ごしていると思います。
1日1日、そして人生を、ともに生きていこうではありませんか。

失った機能を悩んだり、嘆いたりするのではなく、残された自分の能力を信じましょう。
認知症になっても、楽しみは張り合いのある暮らしをおくることができます。
絶望することなく、希望を持ち待ちましょう。
できなくなったことが多くなっても、自分は自分です。認知症になったからこそ、他人を気にせずに、他人と比較することなく、自分の好きなことに時間を使いましょう。一人で頑張らず、同じ病気を持ちながら暮らしている仲間とつながりましょう。
そして、勇気を持って、自分が感じていること、思っていることをまわりの人に伝えていきましょう。
当事者が発言していきことで、認知症にたいする誤解や偏見をなくし、世の中をかえることができるはずです。
認知症になっても、人生をあきらめないで。
私もあきらめません。

 

私と一緒に認知症になっても、充実した生活をするのは、何が大切か話し合いしませんか。

 

1.           目的

 

1)             認知症になっても、希望と尊厳を持って生活できる社会をめざします。
2)認知症の人が、自由に意見、要望が述べられる、環境を作ることをめざします。

 

3) 認知症の人の行動の自由を守る社会をめざします。

 

 

 

2. 活動内容

 

1)認知症の人が、差別されることなく社会の構成要員と認められるすべての活動をしま

 

 す

 

2)認知症と診断された人への偏見をなくす活動をします。

 

3)認知症の人が希望と尊厳を持って生活するにはとうすればよいかともに考えていきます。

 

4)認知症の人が楽しく暮らすにはどんな手助けが必要か一緒に考えていきます。

 

5)認知症の人がどんな社会参加できるか、一緒に考えていきます。

 

 

 

3 参加する人

 

  メンバー 認知症の人および認知症ではないかと心配している人

 

  パートナー メンバーの理解者で、会の趣旨に賛同して、会の運営に協力する人

 

4 スローガン 認知症であっても、不便であるが不幸でない。

 

 

 

メッセージ

 

1.認知症になっても、できなくなることも多いが、できることもたくさんある

 

2.認知症への偏見は認知症当事者も信じて生きる力を奪うので、この偏見をなくしたい。

 

3.失った機能を数えたり、嘆いたりするのではなく、残された能力を信じて、悔いのない人生をおくってもらいたい。

 

4.認知症当事者を介護の対象だけの存在ではなく、私たちが形成する社会の一員とみとめて欲しい

 

5.自分で自分を好きになってもらいたい。

 

 

 

 

伝えたいこと 佐藤雅彦

 

1 認知症の診断、そしていま

 

 私は川口市在住で現在61歳です。名城大学理工学部数学科を卒業後、教員をへてコンピューター会社に就職しました。27歳の時転職して、システムエンジニアとなりました。1999年ごろから社内会議の議事録が書けなくなり、パソコンなどの商品の型番・数量[佐藤雅彦1] 型番を記憶できず、入力するのに時間かかるようになりました。しばらく休職した後、2002年配送係として復職しましたが、配送先の台車を忘れたり、自分の車を探すのに30分もかかることもありました。2005年、精神科を受診したところ、CTで脳に委縮がみられ、アルツハイマー型認知症の診断をうけました。51歳のときでした。会社は自ら退職することになりました。

 

 現在私はケアハウスで一人暮らしをしています。私は荒川土手に咲くは花を見るのが好きです。美しい花たちを眺めていると、「生きている」とのを実感します。

 

2 私が作る私の生活

 

 認知症に伴う日々の困りごとや不便はたくさんあいます。それをできるだけ少なくするため、私が生活の中で工夫していることがあります。

 

・毎朝起きると、パソコンで今日は何日で何曜日か、そして今日一日のスケジュールを確認する。

 

・何をしたのかを忘れてしまうため、午前と午後どう過ごしたのかをパソコンに入力する。

 

・人との待ち合わせ時間・場所は、なんどでも確認できるように、電話ではなくメールでやり取りをする。

 

・携帯電話のアラーム機能とお薬カレンダーで薬の飲み忘れを防ぐ

 

・買い物に出かけるときは「買い物リスト」と「買ってはいけないものリスト」を持ってゆく。

 

・台所で火を使用しているときは、それを忘れないように、絶対に他のことはしない。

 

・社会とつながりをなくさないように、日々出来事をフェイスブックで発信する。

 

 認知症になるとできなくなることが多いものの、できることや残っている機能も。たくさんあります。そしてそれは、人によって大きく異なっています。世間では、認知症の人はパソコンなど使うことができないと思われていますが、私の場合、パソコン、Ipad,携帯電話を使いこなしながら、生活をしています。私にとっては、記憶障害を補うツールとして、それらはなくてはならないものです。

 

3 こんな社会であってほしい

 

 認知症と生きていく中で、私は2つの偏見をしりました。一つは自分の中にありました。「いろいろなことができなくなってしまう。」という偏ばか見するのではないか(先入観)です。それによって「失敗ばかりするのではないか」という不安に身動きがとれなくなったじきもありました。もうひとつの偏見は社会にありました。「認知症の人は考えることができない、なのもわからない」といったものです。

 

この2重に偏見は、認知症とともに生きようとする認知症当事者の力を奪い、生きる希望を覆い隠すものだとおもいます。

 

 私には、社会や地域の人たちにお願いしたいことこうあってほし思うことがあります。

 

・認知症の人が失敗しても、笑ったり、馬鹿にしたりしないこと。

 

・認知症の人を劣った価値のない存在とかんがえないでほしい。

 

・スーパーや駅の窓口などで認知症の人がもたもたしていても、優しく待ってくれる社会であってほしい。

 

・認知症の人が好きな時に自由にでかけられ、好きなことができる街にしてほしい。

 

・認知症の人を社会のお荷物や介護の対象と考えるのではなく、私たちが形成する社会の一員と認めてほしい。

 

 認知症になると、確かに「不便」なことは増えますが、決して「不幸」なことではありません。500万人近くいる認知症の人たちが、これからもともと前向きに希望をもって人生を生きることができるように、みなさんと一緒に考えてほしいのです。そして一人ひとりに少しだけサポートしてほしいです。

 

 


「介護保険情報」誌インタビュー(2012.5)